なぜモンスーンの雨季が突然始まるのだろうか?
モンスーンシステムにとって陸面-大気-海洋相互作用のプロセスが重要なのは言うまでもないが、オンセットのメカニズムに関する従来の仮説の多くは大気の内部力学の不安定性のみで説明されてきた。ところが最近、Kawamura et al. (2002)は、オーストラリア夏季モンスーンのオンセットについて、プレモンスーン期の大陸の地表面加熱に励起された、大陸周辺の循環偏差が大陸赤道側の沿岸海域の海面水温(SST)を上昇させる一方、対流圏中層(600-850hPa)への乾燥移流をもたらすことで、両者の複合効果がオンセット前の対流不安定を強める重要な役割を担っていることを指摘した。大気海洋相互作用を考慮した彼らのオンセットメカニズムは以下の通りである。
周囲を海洋に囲まれた孤立大陸では、プレモンスーン期の急速な地表面加熱による海陸間の差分加熱の増大は大陸スケールの背の低い鉛直循環を生じさせる。この乾燥対流による鉛直循環は温度風平衡により対流圏下層では熱的低気圧、中層(600-700hPa)では熱的高気圧を伴っている。大陸スケールの熱的低気圧の発達に伴う地衡風成分の卓越は大陸の赤道側沿岸海域で西風応力偏差を誘起させ貿易風の弱化が生じる。スカラー風速の減少により海面からの潜熱フラックスは減少し結果的にそれらの海域ではSSTが上昇することがモデルで再現された。
対流圏中層での熱的高気圧の発達により大陸沿岸の海域では下降流が強化される。大陸赤道側の上述の海域でも下降流が強まり熱帯対流活動を抑制することによって、雲量の減少に伴う海面への短波放射量が増加し、このプロセスもまたSSTの上昇に寄与していた。 下降流で積雲対流活動を抑制している間、海面からの蒸発量の減少と短波放射の増加によりSSTはプレモンスーン期間で非常に高くなる。
一方、中層の熱的高気圧は中緯度域(特に大陸の乾燥地域)からの乾燥移流をもたらす。熱的高気圧を伴った背の低い鉛直循環の組織化は水平・鉛直方向の移流プロセスを通して赤道側海域上の700hPa付近の中層への乾燥空気の流入を導く。これらの複合効果は対流圏下層の相当温位の鉛直傾度を増大させ対流不安定化が起こる。下降流による抑制が働いている状態で複合効果によりさらに潜在的不安定が強化されていく。
この環境下でもしMadden-Julian振動(MJO)のような、上昇流に伴う大規模擾乱が極端な対流不安定下の海域に移動してくると、劇的に深い積雲対流が確立する。これがまさにモンスーンのオンセットである。もちろん、シノプティックスケールの擾乱がトリガーになる可能性もある。各年のオーストラリアモンスーンのオンセットの様子を見た限りではMJOの寄与が大きいと思われる。