モンスーン研究の最前線
(日本気象学会 「気象研究ノート」 第204号 2003年10月31日発行)
「モンスーン研究の最前線」の出版にあたって
地球温暖化やアジアを中心とした人口爆発などによる環境悪化は益々厳しいものがある。特にアジアモンスーン地域は人口が集中し災害に脆弱な地域でもある。モンスーン地域での大規模気象災害はモンスーン循環の変動と密接に関連しており、災害軽減のためにモンスーンの変動メカニズムの解明と変動予測の進歩が求められている。また、モンスーンは陸面-大気-海洋相互作用のシステムとして捉えることができ、モンスーンの理解は気候システム全体の理解にも必要不可欠なものであると考える。
最近の地球観測衛星によるリモートセンシングや数値モデルやデータ同化手法の発展などにより、モンスーンの理解は飛躍的に進んできた。ところが大変残念なことに、モンスーンに関する教科書は国内外問わず刊行からだいぶ歳月が経過しており、モンスーン研究が現在どの程度進んでいるのかを調べる材料(教科書や参考書など)がほとんど見つからないのが現状である。また、従来とは異なり、モンスーン研究は単に気象学の一分野ではなく、海洋物理学や水文学も含めた学際的な側面が益々強くなっている。これからモンスーンを研究しようと考えている若手研究者や大学院生・学部生は各学術誌の個々の論文を当たらなければならず、多くの時間を費やすことになる。そこで、まさに気象研究ノート出版の主旨である、研究の最前線をレビューすることによって、若手研究者や大学院生・学部生がモンスーンを研究していく上での必須の参考書を作り上げたいと考えるに至った。
モンスーン研究の最前線をレビューするにあたって、本研究ノートではレビュー内容を三つに大別した。まず始めに、モンスーン研究の歴史とモンスーンの成因に関わる基本的な問題、第二にモンスーンを構成する個々の重要な素過程あるいは現象、具体的には季節内変動擾乱、大気陸面相互作用、大気海洋相互作用に焦点を絞った。また、第三としてモンスーンの予測に関する問題(季節予報などの予測可能性、地球温暖化時の変動予測、加えて氷期のモンスーンの復元)に注目した。
ノート全体のまとまりを良くするため六つの章で構成し、章内の整合性を保つため一つの章を原則として一人の執筆者が担当するように企画した。このようなレビュー内容は読者にとって読みやすく興味が湧きやすいものとなっていると考える。また、世界中の全てのモンスーン地域の研究を網羅するためにはとても1冊では間に合わないことや、焦点がぼやけ散漫になってしまうことなどから、規模の面からも被災の深刻さの面からも他のモンスーンとは性格を異にするアジアモンスーンに特に焦点を置いた。本研究ノートを詳しく読まれた読者はお気づきのことと思うが、執筆者の間で現象の解釈が一部異なる点がある。このような矛盾点については敢えてそのままにしてある。多種多様な仮説が凌ぎあっているのがまさに研究の最前線であり、その醍醐味を読者に味わってもらうことで、モンスーンの未だ解決されていない問題に積極的に取り組むきっかけになればという意図があるからである。
昨年刊行された気象研究ノート第202号「東南アジアのモンスーン気候学」(松本 淳編)は日本が中心となったアジアモンスーンエネルギー・水循環観測研究(GAME)プロジェクト(代表: 名古屋大学地球水循環研究センター安成哲三教授)の中でGAME-Tropicsのプロジェクト参加者の研究成果を中心にまとめたものである。本研究ノートとは相互補完的な要素も持つので併せて参考にして頂けたら幸いである。また、本特集号においても、GAME-Tibetのチベット高原での集中観測の成果とそれに関する問題は第三章で紹介されている。最後に、本研究ノート刊行の機会を与えて下さった日本気象学会気象研究ノート編集委員会の方々、ご多忙にもかかわらず企画にご賛同頂き、また執筆も快諾して頂いた村上多喜雄先生、高藪 縁先生、森永由紀先生、篠田雅人先生、安成哲三先生、楠 昌司先生、鬼頭昭雄先生に厚く御礼申し上げます。
編者 川村隆一
目次
はじめに ....................................................... 川村 隆一
第1章 モンスーン概論 .............................................. 村上 多喜雄 ...
1.1 モンスーンとは何か: モンスーン研究の歴史 ......................................
1.2 モンスーン発生のメカニズム ................................................
1.3 赤道対称循環の構造と季節変動 .............................................
1.4 モンスーンの季節的南北移動 ...............................................
1.5 モンスーンの年々変動 ...................................................
第2章 季節内振動とモンスーン .......................................... 高藪 縁
2.1 モンスーン域の季節内振動の発見と検出 ........................................
2.2 30-50日振動の特性と熱帯MJOとの関係 ........................................
2.3 オーストラリアモンスーンとの比較 ............................................
2.4 モンスーンオンセットと季節内振動との関係 .......................................
2.5 モンスーンの年々変動と季節内振動との関係 ......................................
2.6 考察 ..............................................................
2.7 今後の課題 ..........................................................
第3章 大気陸面相互作用とモンスーン ..............................................
3.1 ユーラシア大陸における陸面過程 ..............................篠田 雅人,森永 由紀
3.2 チベット高原での大気陸面相互作用とアジアモンスーン ........................安成 哲三
第4章 大気海洋相互作用とモンスーン ..................................... 川村 隆一
4.1 はじめに ............................................................
4.2 モンスーンの年々変動 ...................................................
4.3 モンスーンのオンセット ...................................................
4.4 おわりに ............................................................
第5章 モンスーンの予測可能性 ......................................... 楠 昌司
5.1 はじめに ............................................................
5.2 研究の歴史 ..........................................................
5.3 夏のインドモンスーン ....................................................
5.4 夏の東アジアモンスーン ..................................................
5.5 冬の東アジアモンスーン ..................................................
5.6 まとめと課題 .........................................................
第6章 過去のモンスーンと将来のモンスーン .................................. 鬼頭 昭雄
6.1 はじめに ............................................................
6.2 古モンスーン .........................................................
6.3 地球温暖化時のアジアモンスーン ............................................
6.4 おわりに ............................................................
付録表 夏のアジアモンスーン指標 .................................. 八木 勝昌,楠 昌司