最近の研究から
❶ 黒潮/黒潮続流域で急発達する温帯低気圧の数値シミュレーション
❷ 2013年3月2日に道東地方に暴風雪被害をもたらした爆弾低気圧の数値シミュレーション
❸ 爆弾低気圧はどのくらい前から予測できるのか?
❹ 寄り回り波の追算シミュレーション ~富山湾の海岸線地形と海底地形の影響~
❺ 爆弾低気圧が形成する波浪の特徴
爆弾低気圧が形成する波浪の特徴
2019/07/09
東京大学大学院新領域創成科学研究科 北祐樹
爆弾低気圧は強風や豪雨のみならず、海上や沿岸では高波・高潮を発生させ、時に大きな被害をもたらします。メイストームの語源となった1954年5月に北海道東沖で発達した爆弾低気圧は強風と高波を発生させ、操業していた多数の漁船を襲い、300名以上の死者・行方不明者が出ました。近年では2012年4月に日本海上で発達した爆弾低気圧が、東北・北陸地方の日本海側に高波をもたらし、12m以上の高波を沿岸で発生させ、港湾施設や船舶に多数の被害が発生しました。
爆弾低気圧が発生させる波浪の特徴をとらえるため、1994年から2014年において日本付近の太平洋上で発達した爆弾低気圧を対象に、波浪データを合成解析し、低気圧と波浪の時間的・空間的な発達を統計的に分析しました。合成解析とは、条件を満たすデータを足し合わせて平均を取ることで、その条件に合致するデータの平均的な性質を得ることができる解析手法です。
アメリカ国立環境予測センター(NCEP)の大気再解析データCFSR(Climate Forecast System Reanalysis)の風速・海氷データを外力として、波浪モデルWAVEWATCH IIIによる1994~2014年の過去推算シミュレーションを行いました(Webb et al., 2016; http://www.todaiww3.k.u-tokyo.ac.jp/nedo_p/jp/)。日本沖合モデル(東経110~170˚、北緯10~60˚)において、21年間に海上で発生・発達した爆弾低気圧603個を特定しました。最低気圧を記録したタイミングを基準として、風速場と波浪場が時間的にどのように発達するのかを合成解析を用いて分析を行いました。
第一の発見は、爆弾低気圧の風速が最大値に達した後に減衰し始めても、波浪場がしばらく発達し続けるということです(図1)。波浪は基本的には大気表層の風を受けて発達するので、風速が大きいほど高い波高になります。しかし爆弾低気圧は急速に風速が変化するために、波浪場がその発達に追いつかず、風速・波高のピークに時間差が生じることになります。爆弾低気圧の移動速度が最盛期までとても速いことも、波浪の発達を妨げる要因となっています。
第二の発見は、爆弾低気圧の最盛期では波浪スペクトルの狭いエリアが2つ生じるということです(図2)。これは爆弾低気圧が温暖前線・寒冷前線を持つために起こる現象で、台風との相違点としても重要です。波浪スペクトルが狭くなった時、フリーク波という突発的な高い波浪が形成される可能性が高まることが指摘されており(Tamura et al. 2009; Waseda et al. 2012)、船舶等にとって危険性が上昇することにつながります。図3は最盛期の爆弾低気圧の模式図で、AとBが波浪スペクトルの狭い領域を示しています。領域Aは寒冷前線に吹き込む乾燥コンベアベルト(Dry Conveyor Belt; DCB)に伴って吹き込む強い表層風により形成されます。この表層風は北~東向きのことが多く、爆弾低気圧も日本近海では平均的に北東方向に進むので、強い風が長時間持続するため、波浪も一定方向に長い時間発達し続けることで波浪スペクトルが狭くなる傾向になります。また領域Bでは、風向・波向が北西方向ではあるものの、強風が同一方向に長時間吹き続けるために、同様のメカニズムで波浪スペクトルが狭くなるように波浪が発達します。これは温暖前線の北側に沿って吹く寒冷コンベアベルト(Cold Conveyor Belt; CCB)に伴う強風が原因です。爆弾低気圧は平均的には北東方向に進み、半径も大きいものでは1000km以上になるので、低気圧中心の北東側では北西風が長時間卓越します。中心の接近に伴ってCCBの効果により風速が大きくなり、最終的に波浪スペクトルが狭くなるという現象が発生しています。
今回の研究では、日本近海で発生した様々な爆弾低気圧に対して発生する波浪についての平均的な描像を示しており、実際の個々の爆弾低気圧は経路や強さによって、引き起こす波浪の性質も様々に変化します。今後は、より高解像度の大気・波浪モデルを用いて、爆弾低気圧の中における波浪と大気の相互作用について、より精緻に解析していく予定です。
参考文献
Kita Y, Waseda T, Webb A (2018) Development of waves under explosive cyclones in the Northwestern Pacific, Ocean Dynamics 68(10):1403-1418. https://doi.org/10.1007/s10236-018-1195-z
Tamura H, Waseda T, Miyazawa Y (2009) Freakish sea state and swell- windsea coupling: numerical study of the Suwa-Maru incident. Geophys Res Lett 36:2–6. https://doi.org/10.1029/2008GL036280
Waseda T, Tamura H, Kinoshita T (2012) Freakish sea index and sea states during ship accidents. J Mar Sci Technol 17:305–314. https://doi.org/10.1007/s00773-012-0171-4
Webb A, Waseda T, Fujimoto W, et al (2016) A high-resolution, wave and current resource assessment of Japan: The Web GIS Dataset. In: AWTEC 2016
- 図1 爆弾低気圧下の有義波高と表層風の合成解析の結果
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(c)(d)は、爆弾低気圧の中心気圧が最も低下した時の合成解析結果で、(a)(b)はその12時間前、(e)(f)はその12時間後の結果を示しています。
図中の三角印は低気圧の平均進行方向を東西南北で示しており、合成する時には予め低気圧の進行方向がその方角に一致するように回転させてから合成しています。
風速は最盛期(d)で最も強くなっていますが、有義波高はその12時間後の(e)で最も高くなっていることがわかります。
- 図2 爆弾低気圧最盛期の合成解析結果
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それぞれの図は、(a)波浪の波向分散、(b)周波数ピーク集中度、(c)波齢(波浪の位相速度を表層風速で割った値)、(d)波形勾配、(e)海面更正気圧と温位水平勾配(850hPa、陰影)の合成解析結果を示しています。
(e)の陰影が赤い部分は前線活動が活発なエリアです。
(b)図にあるように、波浪スペクトルの狭いエリアA、Bが形成されていることがわかります。
- 図3 爆弾低気圧の概念図
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Lが低気圧中心を示しています。
波浪スペクトルの狭い領域がAとBに形成されることが、今回の研究により明らかになりました。